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コンピューター史

自分史に合わせて「コンピュータ」のことを振り返ってみます。ちょっと長くなるので2回に分けて・・

自分の記憶が頼りなので、あいまいなところも多々あると思いますがご容赦ください^^;

自分がIT関連のことにたずさわったのは、入社してすぐ

配属部署が「電算部」、ここで初めて「コンピューター端末」なるものに触れました

といっても実はパソコンは大学の研究室にありました(当時100万近く)4年の時にドクターの人の研究のお手伝いの為、少しBASICのプログラミングを勉強させられました、手伝ったことは、「ある時間になったら培養液の中に、ある成分剤を一定量投入する」というもの(醗酵工学科でしたので)、もちろんその仕組み・プログラムはすべてドクターが作って自分はただ「時間を変えるようにプログラミングを変更する」という簡単作業でした。でも当時はそれさえも満足にできませんでしたね

当時学ぶ気のなかった自分にはさっぱり分からず、この時すでに「プログラミングは難しい」という先入観が出来上がっていました。

配属後、職場のオリエンテーションでは「COBOL」を学び、本格的に技術計算でのプログラミングを学ぶため「FORTRAN」を勉強。

勉強と言っても係自体(当時は技術計算係)ができたばかりでみんなテキストを取り寄せ、独学です。

その中で、突然社内のアセンブラセミナーを「係」としてやることに。できたばかりの部署の社内への宣伝と実績作りの為だったでしょうか。そしてその講師を当時新入社員3人(自分を含め)の中から出さなくてはならず、だれがやるにしてもその言語を知っているものはおらず、必然的にじゃんけんで決めることに・・・、で、自分が負けてその講師を務めることになりました^^;(今考えると無茶苦茶ですね)

ここで「アセンブラ」をほぼ独学で勉強、200人近い先輩社員の方々を前に「アセンブラ入門」セミナーをやり切りました(内容的にかなり怪しかったところもあったと思いますが・・)

自信になったというよりは「ホッ」とした気持ちの方が大きく、ただこれが「火事場の馬鹿力」だなと思ったのを覚えています。

またそのころは上の階に「コンピュータールーム」があり大型コンピューターがそこに数台ならんでいました、入力媒体は「磁気テープ」が主、ただ、自分とおなじフロアにはガラス窓で仕切られた「パンチルーム」があり、そこで女子社員達がひたすら端末からキーを打ち込みカードにパンチ穴をあけていました「キーパンチャー」ですね、ですのでカードリーダーも併用。

当時、技術計算用にもこの「大型コンピューター」を使っていましたが、しばらくして技術計算専用に富士通の「スーパーコンピューター(スパコン)」が入ってきました、これでいろんな解析計算処理をさせていたと思います。次はVAXの「ミニコン」このあたりから媒体として「ハードディスク」が主流になってきました、「ワークステーション」までくるとかなりコンパクトに、OSは「UNIX」が主流になってきて「C言語」も流行りだしました。(ワークステーションでは主にCAD関係をやっていました、で、このころCAE(Computer Aided Enginnering)という言葉も出てきたような気がします・・)

パソコンはWin3.1が出たころでしょうか、制御用に使われていたと思います。

記憶が定かではないところもありますが大体こんな流れだったと思います。

当初は計算が終わるのに時間がかかり、会社に泊まり込んだことも多々ありました。椅子を並べてそこに寝ていたのは今も良く覚えています。(懐かしいなー)

自分はこのあたりで会社を退職し、山口へ帰ってきました。

 

続きます

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