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人生120年

今年、年賀状に同級生が「人生120年、まだまだ道半ば」と書いてくれていました

自分なんかは、「後残り少ない日々を一日一日を大事に生きよう」という気持ち、聞こえはいいですが残りの人生が「少ない」と決めつけています

彼女は「まだまだ、人生これからが本番」という感じなのでしょう、すごいなー

ヨガを30年やっていてヨガの先生も十数年やっているそうなのですが、同窓会で会ったときも、体型は変わらず、肌もツヤツヤで若さあふれていましたね(相変わらずきれいでしたし)

自分の「今は仕事が好きだしそれを続けることが出来ればいい」という気持ち・考え、それはそれで持ち続けようと思いますが「目標」を持つことを忘れていました、仕事でもそれ以外でも・・

「目標」がないと一日一日をただこなしていくだけになってしまいます

その「目標」のためにまだまだ頑張るぞ! と

気持ちを改めなくてはいけませんね

| 雑感 | 14:52 | comments(0) | - |
大学

定年後、何か学びの場を探している人は結構いらっしゃるかもしれません

定年になって、何か専門的なことを勉強したいということであれば「大学」に入りなおすこともいいんじゃないかなと思います

社会人を受け入れてるところは結構ありますし、スポット的(短期)なケースもあると聞いています

自分も「ああ、もう一度大学で勉強し直したい」と思ったことがあります

入社して、機械工学、材料工学、数学等の知識が必要な仕事をやらされた時です

(ただそのころは社会人の夜間コースを開設している大学が少なく(しかも工学部は特に)あきらめましたが・・)

人間、本当に「知りたい、勉強したい」と思う時は学生時代じゃないのかもしれません

「勉強したい」という気持ちは精神的のみならず肉体的にも若返らせるような気がします

定年後、時間と少しの資金があればもう一度「学生時代」に戻るのも悪くはないのかもしれません

| 雑感 | 08:42 | comments(0) | - |
AI

最近(でもないか)「AIと言う言葉」が流行ってます

「AI」は30年前くらいから言葉としてはありました

また、サラリーマン時代自分たちも「AI」の勉強会を開いたこともありました

「AI」自体は「こういうインプットがあったらこういうアウトプットをする」というプログラムの原則に乗っ取ったプログラムです

「こういうインプットがあったら」というところを膨大な事象のケースを組み込んでいくのでアウトプットの選択肢も膨大になるわけです

「囲碁」「将棋」に「AI」が強い理由も、「プロの頭の中」以上のケースを組み込んでいるからでしょう

また、映画でよく「AIが暴走して・・」というのがあります

「AI」が自分で考えるということはつまり「AI」が自分でプログラミングをして自分自身を成長させていくということです

人間の手を加えずにやるということで、出来なくはないかもしれませんができたとしても結局は行き詰ってしまうような気がします

それかどこかで無限ループに陥ってしまう(「プログラムの暴走」と同じですね)

プログラミングという作業自体は「言語」に基づいている以上「AI化」できそうなのですが・・・

ただ、近い将来ロボット自身がプログラミングをする時代になるとプログラマーはそのロボットにインプット、アウトプットの事象のセッテイングをすればいいだけの時代が来るかもしれません

そうなると休みの日や深夜遅くまで働かされることもなくなり彼らの労働環境も改善されます

まあしかしそこまでいくと、もはや人間は「プログラマー」ではなくなりますけどね

 

| 雑感 | 17:21 | comments(0) | - |
失敗をしよう

もうすぐ新しい年です

新年を迎えると、目標を立て「今年こそ○○にチャレンジするぞ」「今年は△△を達成するぞ」と新しい目標を立てます

チャレンジはどんどんしましょう、しかしそこには当然「失敗」も付いてきます

「失敗は成功の元」と言います

致命的な失敗ならいざ知らず、少々の失敗はした方がいいです、特に若い内は

「一生懸命トライしての失敗」「チャレンジしての失敗」ならどんどんしましょう

自分の場合、人がやらなかったことにチャレンジしてみました

難しい事ではなくて「システム開発とは数人でプロジェクトを組むもの」という考えを無視したものです

「システム」と言ってもピンキリで、大規模システムは確かにプロジェクトを組んだ方が効率的かもしれませんが

中小規模システムは本当は一人でも開発できるのです

ただ、会社組織だとそれが許されず「プロジェクト」としてでないと許されないことが多い

結果、コストが嵩みソフトの価格が上がり大した機能もないシステムがとんでもない金額になる

「一人で作った安っぽいシステムなんぞ売れやしない」

こんな考えが当然のようにありました

安っぽかろうが、一人で開発しようが「役に立つ・ユーザーに喜んでもらう」システムなら売れるのです

十数年前にそういう気持ちで「チャレンジ」してみて多くの「失敗」もしてきました

でもその失敗がノウハウになり次の製品に生かされます、トライ&エラーの繰り返しですね

アインシュタインも言っています

「間違いを犯さなかった人とは、新しいことに挑戦しなかった人のこと」

ぜひ「新しいことにチャレンジ」しましょう

| 雑感 | 15:09 | comments(0) | - |
コンサルタント

先日のアメブロじゃないですが、「自称コンサルタント」の方々が多くブログを書いておられます

サラリーマン時代、会社に「コンサルタント」の方が来られて社内改革をされました

コンサルタント会社から数人の方々がこられ、1〜2か月間社内の問題点の洗い出しから、対策案等を出され実施されました

会社は大金(数千万)を払いました

でも成果は???ってとこでした

もし、自分が「コンサルタント」を頼むんだったら「成功(成果)報酬」にしてもらいます

成功するかどうか分からない「もの」にお金は払えませんので・・・

成功すれば(成果が出れば)当然その対価としてお金は払いますけどね

ただ、昔と違い今の「コンサルタント」さんはいろんな内容のお仕事をされているようなので前述のケースとは異なるケースも多いのでしょう

最近の「コンサルタント」さん達はどうなんでしょう

成功報酬なのかな・・

 

| 雑感 | 16:29 | comments(0) | - |
コンピューター史2

1992〜1993年ごろになるとパソコンが広まってきましたが、標準機能のヤツで価格的にはまだ50万位したでしょうか、個人用に持つにはかなりハードルが高かったですね

当時パソコンと言えばNECしかなかったのですが、しばらくしてIBM系のDOS/Vマシンが出てきました

このDOS/VOSによって今までは日本語表示をハードで行っていたのが、ソフトでできるようになったのです、NECからの脱却ですね

雑誌も「DOS/Vマガジン」とかいろいろ出てきて、自分もついに買ってしまいました、「フロンティア神代」(現フロンティア?)のショップブランド品です、最高スペックで50万くらいだったと思います、メモリも当時としては驚きの32MB(GBじゃないですよMB)、それでも同スペックのNECより20万位安いかったような気が・・

そんな高いマシンを買って何をしたかと言うと・・・主な用途は・・・恥ずかしながら・・ゲームでした

(前の会社でお世話になってたHさんはPC9801でPCゲームを作ってらっしゃいましたが、自分はただ遊ぶだけです^^;)

ただ、そのゲームをやりながらパソコンのスペックについての知識が増えていき、組み立ても出来るようになり「PCオタク」となっていきました

Winsow3.1が出て、EXCELが出て、パソコンでソフトを作り出したのは、EXCELのVBAを触りだしてからです

EXCELVBAでできないことをやるために当時のACCESS95を使いながらやっていました(バグだらけで満足に動きませんでしたけど)

その後、VB、昔かじったC、などを使いながら改めてプログラミングの勉強をしていった感じです

ただ、当時はネットもなく知識の取得には「本」が必要、専門書を買いに山口大学前の書店によく通いました、それでなければ、広島の紀伊国屋へ

知識の習得のために費やした時間・費用もばかになりません

それを考えると、今はネットでなんでも分かるしものすごく恵まれています、「インターネット」がアナログ回線でしかできなかったころこんな速度でネットができることを想像していた人は現在の大手のIT企業を立ち上げた人達でしょうか、自分はできたらいいな・・くらいにしか思っておらず「こうなったらあれもできてこれもできて・・」なんて考えにはたどり着きませんでしたね、他にその恩恵を一番受けた人は、「新しい情報・知識」の習得をしようとしていた人達じゃないでしょうか、

なんにせよ、携帯電話もなかった時代から今の時代は想像できませんし、この「コンピュータ」というジャンルでパソコンがこれほどの位置を占めるなど当時は考えられませんでした

数年前、タブレットが出だしたときはパソコンもそのうち無くなると言われていましたがどうなっていきますかねー

個人的には「キーボード入力」が主流である限り取って代わるにしても「パソコンもどき」が限界のような気がします

ただパソコンが無くなる時代がくるのであれば、その時代を自分も見てみたい

そしてはたして自分はそのころ何をしているのやら・・

楽しみです

| 雑感 | 20:54 | comments(0) | - |
コンピューター史

自分史に合わせて「コンピュータ」のことを振り返ってみます。ちょっと長くなるので2回に分けて・・

自分の記憶が頼りなので、あいまいなところも多々あると思いますがご容赦ください^^;

自分がIT関連のことにたずさわったのは、入社してすぐ

配属部署が「電算部」、ここで初めて「コンピューター端末」なるものに触れました

といっても実はパソコンは大学の研究室にありました(当時100万近く)4年の時にドクターの人の研究のお手伝いの為、少しBASICのプログラミングを勉強させられました、手伝ったことは、「ある時間になったら培養液の中に、ある成分剤を一定量投入する」というもの(醗酵工学科でしたので)、もちろんその仕組み・プログラムはすべてドクターが作って自分はただ「時間を変えるようにプログラミングを変更する」という簡単作業でした。でも当時はそれさえも満足にできませんでしたね

当時学ぶ気のなかった自分にはさっぱり分からず、この時すでに「プログラミングは難しい」という先入観が出来上がっていました。

配属後、職場のオリエンテーションでは「COBOL」を学び、本格的に技術計算でのプログラミングを学ぶため「FORTRAN」を勉強。

勉強と言っても係自体(当時は技術計算係)ができたばかりでみんなテキストを取り寄せ、独学です。

その中で、突然社内のアセンブラセミナーを「係」としてやることに。できたばかりの部署の社内への宣伝と実績作りの為だったでしょうか。そしてその講師を当時新入社員3人(自分を含め)の中から出さなくてはならず、だれがやるにしてもその言語を知っているものはおらず、必然的にじゃんけんで決めることに・・・、で、自分が負けてその講師を務めることになりました^^;(今考えると無茶苦茶ですね)

ここで「アセンブラ」をほぼ独学で勉強、200人近い先輩社員の方々を前に「アセンブラ入門」セミナーをやり切りました(内容的にかなり怪しかったところもあったと思いますが・・)

自信になったというよりは「ホッ」とした気持ちの方が大きく、ただこれが「火事場の馬鹿力」だなと思ったのを覚えています。

またそのころは上の階に「コンピュータールーム」があり大型コンピューターがそこに数台ならんでいました、入力媒体は「磁気テープ」が主、ただ、自分とおなじフロアにはガラス窓で仕切られた「パンチルーム」があり、そこで女子社員達がひたすら端末からキーを打ち込みカードにパンチ穴をあけていました「キーパンチャー」ですね、ですのでカードリーダーも併用。

当時、技術計算用にもこの「大型コンピューター」を使っていましたが、しばらくして技術計算専用に富士通の「スーパーコンピューター(スパコン)」が入ってきました、これでいろんな解析計算処理をさせていたと思います。次はVAXの「ミニコン」このあたりから媒体として「ハードディスク」が主流になってきました、「ワークステーション」までくるとかなりコンパクトに、OSは「UNIX」が主流になってきて「C言語」も流行りだしました。(ワークステーションでは主にCAD関係をやっていました、で、このころCAE(Computer Aided Enginnering)という言葉も出てきたような気がします・・)

パソコンはWin3.1が出たころでしょうか、制御用に使われていたと思います。

記憶が定かではないところもありますが大体こんな流れだったと思います。

当初は計算が終わるのに時間がかかり、会社に泊まり込んだことも多々ありました。椅子を並べてそこに寝ていたのは今も良く覚えています。(懐かしいなー)

自分はこのあたりで会社を退職し、山口へ帰ってきました。

 

続きます

| 雑感 | 08:30 | comments(0) | - |
いちばん印象に残っていること

これまで今の仕事をやってきて一番印象に残っていること

「先生の教え方が一番よく分かりました」

短期大学で非常勤講師をしている時に、一般人向けのパソコンセミナーを開催したことがあってその時に一人のご婦人の方が終わった後に自分のところに来られておっしゃった言葉

その方はいくつかのパソコン教室に行かれて、よく分からずにその時に参加されたとか

人に教えるには自分が本当に分かってなくちゃダメで、たぶん「なぜこうするのか、なぜこうなるのか」という疑問がかなり多いと思うのです

「なぜマウスと言うの?」「カーソルって?」「ESCの意味は?」もっと言えば「キーを押したらなぜ画面に文字が表示されるの?」

自分はそういったこともできるだけ分かり易く説明していました(ですのでよく脱線していましたね)

「これはそういうものだと思ってください」単なるパソコン教室の先生がよくいう言葉です

パソコンを習いに来る初心者の方々は「子供」と同じです、分からないことだらけでこちらが当たり前に思っていることでも「なぜ?、なに?」と疑問を持たれていることがほとんど

少しでもそれらを解消してあげると、楽しくなってまた学意欲もわいてきますよね

それが先ほどの「よく分かりました」だったのでしょう

他の仕事でも「助かりました」「ありがとうございます」「作業がすごく楽になりました」というお礼の御言葉を頂きますが、その方の言葉はなぜか一番印象に残っているのです

直接お礼の言葉を言われたのと、「いままでで」という言葉がうれしかったんでしょうね

自分の教え方は間違ってないんだなーと再認識しましたし、そういう意味でも自分も感謝しております

今もパソコンを使っていらっしゃるかなー

| 雑感 | 08:05 | comments(0) | - |
人の役に立つという考え

自分は今サラリーマンではないですが(厳密に言えば給料をもらっているのでサラリーマン?)

サラリーマンだったころ、「出世する人」というのは単に仕事ができる人だと思っていました

でも最初の就職先の同期で出世しているのは仕事ができるのはもちろんですが「誰とでもうまくやる(好かれる)」「敵を作らない」人のようです(決してゴマすりではなく)

周りの人ともうまくやっていけるコミュニケーション能力も備わっている人なんですね

それと、自分の為だけじゃなく周りの人達の為にも仕事をする

自分の事しか考えていないと、こうは行きません

「出世」=「人を蹴落としてでも・・」と結び付けられそうですが、実際はその反対のような気がします。

これはたぶんどの会社でも同じだと思いますし、家庭の中(夫婦間)でも言えるかもしれません

「人(相手)の役に立つ(喜ぶ)事をする」と言う考えは仕事でも私生活でも必要なことなのでしょう

そうなんですね、そういう意味では自分も反省することは多々あります・・はい^^;

| 雑感 | 07:40 | comments(0) | - |

突然ですが・・

「夢」は持たれていますか?

いやそもそもこの年齢で「夢」を語ることはおかしいのかも・・^^;

自分の「夢」は特にありません

というかもう「夢」はかなえました

自分で事業をやっていくこと?・・いえ

「好きなことを仕事としてやっていくこと」

「世の中で自分の可能性を試すこと」です

試せればそれでよかったのです

単純で簡単な「夢」です

でもそれ以上望むものはありません

自分の可能性を確認でき、少しでも世の中の役に立つことができました

それで十分

自分が「生きた」という証が自分の中に実感として得られています

器が小さいのかでっかい「夢」はありません

でもそれでいいのです

後は家族やお世話になった人達の為に残りの人生、生きていきます

若い人たちはまだまだこれからですね

小さくてもいいので「夢」を持ちましょう

「これをやれば・・、こうなればいつ死んでもいい」

その程度の「夢」でいいのです

| 雑感 | 18:28 | comments(0) | - |
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